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火縄銃 銘 二重巻張 江州國友藤兵衛 能当

 戦国時代の天文十二年(1543年)に種子島に伝来した火縄銃。以降、その新しい武器は長篠の合戦、関ケ原の合戦といった歴史のターニングポイントとなる合戦の勝敗の行方を決し、戦国の世から新しい時代へと歩みを踏み出させることとなった。

合戦の在り方を激変させたといっても過言ではない、戦国以降の戦の主要武器となった火縄銃の製造を生業としていたのが、近江国国友村(現在の滋賀県長浜市)を拠点とした国友一派。今回は同派きっての名工、国友一貫斎藤兵衛 能当の在銘の火縄銃を取り上げてまいります。

国友一貫斎と言えば、本業の火縄銃の製作はもとより、天体望遠鏡を自作して日本で初めて太陽の黒点を観察し、月面の詳細な地図を作製した、「科学者」としての側面も持つ人物。

他にも阿蘭陀伝来の空気銃を参考に、それを遥かに凌ぐ性能の連射式の空気銃(気砲)を製造する等、その多方面に亘る万能の才能と能力から、「江戸のダヴィンチ」「江戸のエジソン」と異名される、マルチの天才として知られております。

徳川の泰平の治世も後半に差し掛かり、依然鎖国下でありながらも激変する世界の情勢の影響を無視することが出来なくなった江戸後期。

八代将軍吉宗が洋学を解禁し、それにより平賀源内、司馬江漢といった西洋の文明をいち早く感じ取り採り入れた異才天才たちが世に登場したその後を追うように現れた天才技術者にして火縄銃の名匠、国友一貫斎の人物像から、精巧緻密にしてしなやかで強靭な美しさも併せ持つ一貫斎の手掛けた火縄銃を、つぶさに解説してまいります。

お見逃しなく!

解説 深海信彦
アシスタント 今津
編集 今津 寺尾
監修 高橋 浄久

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